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商店街をまるごとホテルに!?世界観が半端ない社長の登場!

商店街をまるごとホテルに!?世界観が半端ない社長の登場!

「ただの宿泊施設ではない。ホテルができることで、町が育つ。」
テレビ東京『ガイアの夜明け』でも特集され、
大きな反響を呼んだ「SEKAI HOTEL(世界ホテル)」。
東大阪・布施の商店街を舞台に、空き家を客室へ、銭湯を大浴場へ、
喫茶店を朝食会場へとリノベーションし、
日常の風景を観光資源に変える画期的なビジネスモデルの裏側に迫ります。

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プロフィール
企業名
クジラ株式会社
出演者
CEO

代表取締役社長

矢野 浩一

クジラ株式会社
https://kujira.ltd/
経歴

<職務経歴>
1983年/宮崎県延岡市で生まれる
1987年/栃木県へ
2001年/大阪府へ
2002年/調理師学校卒業
2003年/不動産業界へ就職
2007年/クジラ株式会社設立
2014年/SEKAI HOTEL株式会社設立

2007年クジラ株式会社を設立し、賃貸不動産仲介SHOPを展開。
「社会に残る事業、社会に必要とされる会社を目指したい」と考え、
不動産・デザイン・建築のワンストップリノベーションを提供する事業にシフト。
社会課題解決型の不動産・建築業の組織を実現。
2016年にセルフリノベーションによる児童養護施設支援事業KUJILIKE(クジライク)を開始。
2017年には空き家を再生したまちごとホテル事業SEKAI HOTEL(セカイホテル)をリリース。
日経優秀製品・サービス賞 日経MJ賞 最優秀賞など受賞多数。

インタビュー記事



オープニング

今日のゲストは、リノベーションで商店街を“丸ごとホテル”に変えるというユニークな取り組みをされている、
「SEKAI HOTEL」を運営するクジラ株式会社 代表の矢野さんです。

本日はよろしくお願いいたします!

よろしくお願いします!

矢野さんが運営されている「SEKAI HOTEL Osaka Fuse」で、夏休みを過ごさせていただきました。

細かいサービス内容は後ほどじっくりお伺いしますが、本当に楽しくて、非常に良い体験をさせていただいたんです。

『ガイアの夜明け』で取り上げられたモデルが、今どんどん拡張されていますよね!

ちょっとずつ広がっています!
スピードは物足りない感じですが(笑)

本日は、SEKAI HOTELのお話はもちろんですが、
矢野さんご自身がどのような方なのかという点も深掘りしていきたいと思っています。

サラリーマン時代から独立、そして現在に至るまでの歩みを、ぜひお聞かせください!

はい!よろしくお願いいたします。

矢野社長と金との出会い:東大阪の“兄貴”が繋いだ不思議な縁

そもそも、私と矢野さんのご縁をいただいたきっかけは、ファンアプリの早さんからのご紹介でしたよね。

そうですね。
私にとっては「東大阪出身の頼れる兄貴」という存在です。

早さんの地元が、ちょうど「SEKAI HOTEL Osaka Fuse」の近くだったんですよね。
たまたまホテルの前を通りかかった早さんが、「なんだこれは!」と驚いて、共通の知人を介してすぐに連絡をくださったんです。

早さんは本当にビジネスセンスがある方ですよね。
街を歩いていても、直感的に「これは面白い」と感じるアンテナを持っていらっしゃる。

普段から「あのビジネスが面白い」「この会社が勢いがある」といったお話をよくされていますが、
矢野さんとも、かなり熱いディスカッションをされているのではないでしょうか?

あまりにお話の幅が広いので、時々ついていくのが大変なこともあります(笑)

私も早さんからお聞きしたのを覚えています。
「東大阪に、世界観がすごくとんでもない場所があるんだ」と。

早さんは、そのままタクシーで弊社の本社まで直接来られましたからね。

正直に言うと、最初はちょっと怖かったです(笑)
いきなり訪ねてくる方は、そうそういらっしゃいませんから。

でも、今ではすごく可愛がっていただいていますし、多くのことを学ばせていただいています!

キャリアの原点:料理人を目指して栃木から大阪へ。

ここからは、矢野さんの歩みを深掘りするために、少し時計の針を戻してお聞きしていきます!

プロフィールを拝見すると、宮崎県でお生まれになり、幼少期に栃木県へ。
高校卒業までを栃木で過ごされたのですね。

はい。幼稚園から小・中・高と栃木で過ごしました。
その後、「調理師学校に進学したい」という思いがあり、大阪へ出たというのが、大まかな経緯ですね。

もともと、将来は料理人になろうと考えていらっしゃったのですか?

そうですね。当時は本気で料理人になろうと思っていました。

高校はごく普通の進学校に通っていたのですが、
「このままでいいのかな」と自問自答する時期があったんです。
それで、途中で進路を専門学校へシフトしました。

本当は東京の学校に行きたかったんですけど、バイト先の店長さんが大阪の専門学校出身で、
「料理をするなら親元を離れろ。東京なんて近すぎる」と言われたんです。
それで、大阪へ行くことを決意しました。最後は親からの反対を押し切って、大阪に出ました。

不動産会社に転職した理由

調理師学校を卒業された後、一転してお部屋探しの不動産会社に就職されていますよね。
「料理の道」から「不動産の道」へ。
ここには、どのような背景があったのでしょうか?

料理は好きだったのですが、修業先の先輩がどうしても尊敬できなくて。
そのうちに、「料理はもう、食べる側でいいやん」と思うようになったんです。

それで、学生時代のアルバイト先に一度出戻りして、
「これからどんな仕事をしようか」と考えている時に、営業職をしていた仲の良い先輩から煽られたんですよ。
「矢野くんって、なんか格好つけてる感じだけど、仕事の結果は伴ってないよね」って(笑)

おぉ(笑)

「じゃあ、営業をやってやろうじゃないか!」という勢いですね。

何人かの先輩に紹介してもらった会社の中に、不動産会社があったんです。
そこに入社して以来、ずっと不動産の道を歩んできました。

就職されたのは、ちょうど20歳になる直前くらいだったのでしょうか?

そうですね。
当時の自分は、本当に何も考えていなかったなと振り返っています。
今の若い子たちは、すごくしっかり考えていますから(笑)。

調理師学校に行って、不動産会社に入って、
その翌年には子供を授かり結婚もしているので、人生の計画性なんて全くなかったですね(笑)

なるほど、ここでご結婚されたのですね。
最初の不動産会社と、もう1社賃貸仲介の会社を経験され、
計4年間ほどサラリーマンとして活動されていたということですね。

そうですね、今振り返ると「ちゃんとした雇用だったか」は怪しいところです(笑)

会社設立:24歳での独立

そして2007年にクジラ株式会社を設立されます。
これまでのお話を伺っていると、もともと「絶対に起業してやる!」という雰囲気には見えないのですが、実際のところはいかがでしたか?

いえ、決断自体は早かったです。
高校生のときに料理をやると決めたときから、将来はオーナーになりたいと思っていました。

「25歳までに会社を作る」ということだけは、10代の頃から決めていたんですよ。
その通りにはなったんですけど、そこからは「大変な日々の始まり」でした。

クジラを設立したタイミングでは、サラリーマン時代に経験されていた「賃貸仲介のお店」を展開されていますよね。
ぶっちゃけたお話、当時は結構儲かりましたか?

当時はめっちゃ楽だったんですよ。

サラリーマン時代にやってきたことを、そのまま独立して形にするだけだったので。
経営者人生の中で、あの最初の1〜2年が一番楽だったんじゃないかなって思うくらいですね(笑)

そうなんですね(笑)

やることが一緒でも、自分に入ってくる収入が全く違いますからね。

楽ではありましたが、翌年にリーマンショックが起きて多少の影響は受けました。
ただ、くじけるほどの大変さではありませんでしたね。

当時、まだ24歳ですよね。
そのお部屋探しのビジネスから、
現在のクジラの核となる「デザイン・建築のワンストップリノベーション事業」へと、大きくシフトされたわけですね!

仲介だけでは、会社が大きくなるイメージが湧かなかったんですよね…

不動産と建築だけでなく、そこにデザインの要素も取り入れて、
すべてをワンストップで提供できれば、お客様への選択肢がもっと広がるんじゃないかと。

そのシフトを考え始めたのが、2011年や2012年ごろですね。

いわゆる「中古物件を買い取ってリノベーションし、再販する」というスタイルだったのでしょうか?

買い取り再販もやっていました!
当時はそうでもしないと、リノベーションをする機会自体がなかなかありませんでしたから。

実際にその事業をスタートさせてみて、いかがでしたか?

建築素人の集団でやっていたので、
当時は失敗の方が多かったですね(笑)

幸い、まだ賃貸仲介の事業を継続していたので、そちらで耐えながら、徐々に経験を積んで人を採用して・・・というサイクルを回していました。

今の「SEKAI HOTEL」は、シャッター通りを蘇らせるような社会的な文脈が強いですよね!

当時は、もっと「ザ・不動産屋」というか、ビジネスライクな立ち位置だったのでしょうか?

そうですね。
当時は、ビシッとスリーピースのスーツを着こなしていましたね(笑)

矢野さんから、ちょっとイメージが湧かないですね(笑)

ですよね、全部手放しました(笑)

KUJILIKEとは

現在の「SEKAI HOTEL」へと繋がる重要なステップとして、
2016年に児童養護施設の支援事業「KUJILIKE(クジライク)」を開始されていますよね。

不動産・建築の最前線にいた矢野さんが、
なぜこの活動を始められたのか。具体的にどのような活動内容なのか、改めて教えていただけますか?

端的に申し上げると、一時期は本気で「会社を潰そうか」と悩んでいたことがありました。

経営状況が悪化したわけではありません。とにかく、人が辞めていくのが辛かったんです。

クジラ株式会社で育ったメンバーが、他社へ羽ばたいたり独立したりすること自体は、決して悪いことではありません。今でも彼らとは仲が良いですしね(笑)

ただ、当時の私は「なぜ手塩にかけて育てた人間が、よその場所で活躍しなきゃいけないんだ」と、あまりのショックにひどく落ち込んでしまいました。

そんな時期があったのですね。

私は大学にも行っていませんでしたし、
当時は本なんて全く読まなかったんです。
新聞すら読まないんです(笑)

むしろ、本を読んでいる人は「暇な人」だと思ってバカにしていたくらいで(笑)

そう思われていたのですね(笑)

ずっと仕事ばかりしていましたし、
子供も早くに授かっていましたからね。

周りの同級生が大学生として遊んでいる時期に、私は必死に現場で働いていました。
その自負があったからこそ、当時は「本を読む人は、現場で仕事ができない人だ」という偏見を持っていたんです。

しかし、会社を畳もうかと悩んでいたあの時期に、その考えを一気に改めました。

それからは、とにかく狂ったように本を読み漁るようになりました。

それは経営系の本ですか?

経営書も自己啓発本も読みましたが、特にDeNAの南場さんの『不格好経営』のような、失敗のオンパレードの話に救われましたね。

あとはサイバーエージェントの曽山さんの著書『サイバーエージェント流 成長するしかけ』を読んで、「社会に意味が残ることをやれば、人は辞めないんだ」と強く確信したんです。

そこで、一度儲かる・儲からないは度外視して、社会課題に真っ向から着手しようと決意しました。そうして立ち上げたのが「KUJILIKE」だったんです。

具体的には、どのような活動をされているのですか?

当時は児童養護施設や障害者施設へも足を運びました。
施設の皆さんと一緒に、自分たちの手でDIYをするんです。

もちろん、直接的な売上にはつながりません。
しかし、この活動は今もなお、非常に大きな広がりを見せています。

今も広がっているのですね!

はい、一緒に活動している施設がどんどん増えています。
関わる人も増え、最近ではブランコを作ったりと、リノベーションのバリエーションも広がってきました。

「不動産」に「建築」を掛け合わせ、さらに「社会課題」を解決する――。
そうした構想がこの時期から芽生え始めていたので、それが少しずつ、今のSEKAI HOTELの実現に向けた動きへと繋がっていったんです。

セルフリノベーションというのは、
施設の職員さんたちが一緒にペンキを塗ったり、作ったり、組み立てたりするということですか?

そうです。クジラの社員と一緒に進めていきます。

例えば児童養護施設の子どもたちにとって、
深く関わる大人は「学校の先生」と「施設の職員さん」くらいしかいないんですよね。

なるほど!

そこに僕らが行って、一緒に手を動かします!

そうすることで、向こうにとっては貴重な「体験」になりますし、
こちらにとっては「社員研修」になるんです。

なるほど、研修になるんですね!

売上は立たないのですが、外部に研修費としてお金を払う以上の体験をして、社員が帰ってくるんです。

その結果、「なぜ自分たちは不動産や建築の仕事をしているのか」という意義を、あえて教える必要がなくなります。

いわゆるエンゲージメントが上がるんですね!

本で学びましたね!笑

そうですね(笑)
めちゃくちゃ本読んで、ちゃんと学びました!
今はもう、「本を読む人が正しい、読まない人がダメだ」と言い切れます(笑)

こないだ、曽山さんに初めてお会いしたんです。
「曽山さんの本のおかげで会社を潰さずに済みました」とお礼をお伝えできて、僕としては非常にエモーショナルな瞬間でしたね。

それは本当にいいお話ですね!
社会貢献性が高いだけでなく、社員の帰属意識にもつながっているのですね。

そうですね!

サービス誕生の着想:バラバラの空き家を「キュレーション」する

「社会に残ることをやる」という決意から、
現在のクジラの主力事業である「SEKAI HOTEL」へと辿り着くわけですが、
そこにはどのような着想やヒントがあったのでしょうか?

「社会に残ることをやる」と考えたときに、
やはり不動産から大きくピボットするのではなく、その延長線上で考えると建築になるんです。

自分たちのリソースや限られた資本の中でできることを模索した結果、
「リノベーション」や「リフォーム」という手段に行き着きました。

次に、他の不動産業者が群がるような人気の土地で戦っても勝てないので、
「なんかもったいないな」と感じる場所に注目したんです。
本来であれば、もっと価値を上げられるはずの土地や建物に目を向けて、
どうにかできないかと考える中で、「空き家」にたどり着きました。

当時は、まだ今ほど「空き家問題」が大きく取り上げられる少し前のタイミングで、
空き家をどう活用するか、ウィークリーマンションにするなど、試行錯誤を重ねていました。
ちょうどその頃、いわゆる「キュレーションサイト」が問題になっていた時期でもあって、その仕組みにすごく可能性を感じていたんです。

バラバラの個人が書いた記事が、一つのアプリやブランドとして統合されている。
それを見たときに、「不動産はなぜそうなっていないんだろう?」と思ったんです。
点在している不動産を、一つのブランドとして束ねることができるんじゃないか。

それが、「SEKAI HOTEL」の最初の構想でした。

そこからどのようにして、
現在の「SEKAI HOTEL」の形になっていったのでしょうか?

マンションの空室や一軒家、大阪だと「長屋」と呼ばれる古い木造建築が一定のエリアに点在しているので、
それらをリノベーションして民泊として活用する取り組みを始めました。

その後、「きちんとブランドとして立ち上げよう」という話になり、2017年に「SEKAI HOTEL」をリリースしました。

今年の夏に私が実際に伺わせていただいて、解像度がフルマックスになったのですが、
「商店街を丸ごとホテルにする」というコンセプトは、体験する前はどこか漠然としていたんです。

これをぜひ、僕からも皆さんにお伝えしたいです(笑)

皆さんそう言ってくださいます!
「来ないとわからないよね」と(笑)

本来「ホテル」と聞くと、
一つの建物があって、フロントがあって、
チェックインをしたらエレベーターで客室に向かう――というのが一般的なイメージですよね。
それ以外の形は、なかなか想像しづらいと思います。

でも、SEKAI HOTELの場合は違います。

チェックインは商店街の中にある、
もともと洋服屋さんだった場所を改装したスペースで行うんです。
広さでいうと10畳から15畳ほどで、フロントとカフェラウンジが併設されているような空間です。

そこで鍵を受け取って、お部屋へ向かうのですが、
一度外に出て、左に曲がり、1分ほど歩いた先にある、商店街のお肉屋さんの跡地へ向かいます。

そこが、宿泊用の部屋としてリノベーションされているんですよね。

はい!

今、商店街の中に10棟の空き家が客室に変わったものがあります。
それが「SEKAI HOTEL Osaka Fuse」です!

10棟で、何部屋くらいあるのですか?

タイプはいくつかありますが、
2段ベッドのドミトリーや4人部屋、6人部屋などがあり、個室だけでいうと20部屋ほどですね。

すべて合わせると、100名弱が宿泊可能です。
現在も客室は増え続けています。

商店街で空いている場所があれば、そこに新しくつくっていけるわけですよね。

ここまでくると、地域の方からお声がけいただくことも増えてきて、
皆さんにもすごく興味を持っていただいている状態ですね。

フロントからお部屋までは、だいたいどのくらいの距離にあるんですか?

現状は、徒歩5分以内、だいたい400メートル圏内に収まっています。
そのうち8割ほどのお部屋は、3分以内で到着できます。

あまり遠い場所には広げない方針で、今後も5分圏内で展開していくイメージですね。

街全体がホテル:地域の飲食店や銭湯との「共生」

ホテルとなると、次に気になるのが「食事はどうするのか」という点ですよね。
宿泊された方は、どこでご飯を食べるんですか?

レストランに関しては、近隣の飲食店さんと提携しています。

似たような分散型の宿泊施設だと、単に「提携店を紹介する」だけのケースが多いのですが、
うちの場合は、ゲストの方がそのお店に行くと、SEKAI HOTEL専用の「夕食メニュー」を提供してもらえるんです。

専用のメニューがあるんですよね!

はい!メニュー表もきちんとクリエイティブを作り込んでいて、
SEKAI HOTELとしてのコースメニューや、共同で開発したメニューを提供しています。
さらに、ゲストの方には「一杯無料」といった特典もご用意しています!

現在、夕食会場と朝食会場はそれぞれ3カ所ずつあり、
喫煙・禁煙などのニーズに応じて選べるようになっています。

また、提携店以外についても「2軒目はこちらがおすすめです」といった形でご紹介していて、
街全体を楽しんでいただけるような導線を設計しています。

楽しみ方は、かなり幅広くご用意していますね。

私もお好み焼き屋さんを選んで行かせていただいたのですが、本当に最高でしたね!
翌朝の朝食も、街の喫茶店でした。
サンドイッチが本当に美味しくて、「こういうスタイルか!」と驚きました。

ありがとうございます(笑)
あの古い喫茶店も、最近はなかなか見なくなって減ってきていますからね。
珍しがって、皆さんすごく喜んでくださいます。

あと気になるのが「お風呂」ですが、
お部屋にはシャワーがついているとのことですが、大浴場はどうなっているんですか?

大浴場については、近所に昔からある「銭湯」をそのままご利用いただいています。
戎神社の前を通ってすぐのところにある、「戎湯」です。

それがSEKAI HOTELの「大浴場」として機能しているわけですね!

そうです。
街の銭湯ですから、当然、地域の人たちもたくさん入られています。

今でも薪で焚いている、味のある銭湯です!
うちのゲストさんだけでも、相当な人数が行っていると思います。

サウナもありましたよね。2階建てで。
本当に味があって、レトロなウッディな雰囲気がすごく良かったです。

私にとって、この夏の「SEKAI HOTEL Fuse」での体験はかなり強烈で、
「これは人気が出るな」と確信しましたね。

嬉しいです!

まさに地方創生というか、
テナントが入らなかった場所をホテルに変えて、矢野さんのところが観光客を呼び込む。
そこで観光客が消費するという循環が生まれているんですよね。

はい。ちょうど別の企画でもリリースしようと思っているのですが、
なんと、1年間で1万人の方に宿泊いただきました。

これまでほとんど観光客が訪れなかった商店街にホテルをつくり、
初年度で年間1万人の方にお越しいただいた形です。

この数字は、僕らにとって大きな自信になりましたし、
他の地域で展開していくうえでも、一つの実績として示せるものになったと感じています。

先ほどお話しした戎湯さんも、
その1万人のうち多くの方に利用していただいていますし、経済的な効果はもちろんあるのですが、
何より、地域に住んでいる方や働いている方々から、
「最近、活気が出てきたよね」といった声をいただけるのが、本当に嬉しいですね。

年間1万人という数字もすごいですが、
そうした「街が良くなってきた」という声が現場の社員の方に届くと、それはものすごいやりがいになりますよね!

そうですね!

私もこれまでいろいろな場所に旅行に行ってきましたが、
日本でもまだこんなに「ディープな旅」ができるんだと感動したんです。

商店街にある、あのパン屋さんの「金太郎」さん。
あそこで思わず爆買いしてしまいました(笑)

金太郎さんは、たしか100年以上続いているんですよね。
パン屋さんで100年企業って、なかなか聞かないですし、すごいですよね!

レストランで食事をした後も、せっかくだからと家族で駅の反対側の串カツ屋に行って、
そのあと焼肉屋に行って、最後は夜食にたこ焼きまで買ってしまって・・・(笑)

もう「使わずにはいられない」というか、とにかく楽しいんですよ!

よかったです!

商店街やその周辺って、もともとすごく楽しい場所なんですよね!
その地域ならではの魅力がたくさんある。

僕らも、そうした魅力をもっと広めていきたいなと思っています!

多拠点展開と資金調達:全国50拠点を目指す

「SEKAI HOTEL」は大阪・布施のほかにも展開されていますよね。
富山の高岡でしたっけ?

はい、富山県高岡市が2拠点目になります。
こちらはフランチャイズ形式で、2022年にオープンし、現在も営業しています。

仕組みとしては、布施と同じものなんですか?

はい、仕組み自体は同じです。
ただ、その地域をどのように発信していくかというコンセプトは、エリアごとに変えています。

楽しみ方の基本は共通していますが、その街ならではの特色がしっかり伝わるように工夫しています。

現在、直営とフランチャイズが1拠点ずつある状態ですが、
今後の拠点展開についてはどのようにお考えですか?

最低でも「全国50拠点」を目指しています。
コロナ禍の前から展開を進めようとしていたのですが、一度止めていたんです。

ようやく再開できそうなところまで来ましたね。

50拠点に向けた再スタート、まさに「第2の号砲」が鳴ったようなタイミングですね。
最近、資金調達も実施されましたよね。

はい、ありがたいことに今回出資をいただき、株主の方々が増えました。

どのような方々が参画されたのでしょうか?

PR TIMES様、そしてエターナルホスピタリティグループの大倉社長、
長谷工コーポレーション様の3社からご出資いただきました!

大倉社長は、実は東大阪・布施のご出身で、地元の方なんです。

もう、辞められないですね(笑)

もう前に進むしかないですね。
やはり外部資本が入るというのは、経営者としてステージが変わると同時に、覚悟も変わる瞬間ですよね。

そうですね。
でも今回、すごく嬉しかったことがあるんです。

「売上規模がどれくらいになるのか」という話ももちろんあるのですが、
それ以上に、「SEKAI HOTELがどのような世界観をつくっていくのか」という点を、
投資家の皆さんがとても大事にしてくださったんです。

数字だけではなく、ビジョンの部分ですね。

「もっと数字の話になるかな」と思っていたのですが、
皆さんが社会課題や、SEKAI HOTELによって良くなった将来の街の姿を、それぞれに想像してくださったんです。

そうした対話ができたことは、経営者として本当に嬉しかったですね。

収益性と社会性の両立

ここからは、あえて「商売」としての側面もお聞きしたいのですが…
矢野さん、「SEKAI HOTEL」って、ぶっちゃけ儲かるんですか?笑

正直に言うと、コロナ禍もありましたが、これまでは「万博までは赤字でもいい」と言い続けてきたんです。
今回の出資を受ける直前くらいまでですね。

その代わり、とにかく「良いもの」をつくることに徹してきました。
収益に走りすぎず、全国展開を見据えて、その先の未来を考えながら取り組んできたんです。

そうしていたら、今年の夏、ついに黒字転換しまして!

素晴らしい!おめでとうございます!

良かったです!
出資を受けた直後だったこともあって、「これで黒字にならなかったらどうしよう」と思っていましたが(笑)
しっかりと利益が出る体質になりました。

もともと観光客が来ない地域でやっているので、立ち上げ当初はやはり大変なんですよ。

普通、ホテルを作るなら観光地であるのが一番望ましいですもんね。

何もしなくてもお客様が来るような「パイ」がある場所ではなく、
そもそもパイがないところで事業を行っているので、
最初に人を呼び込むまでは苦労しますし、収支的にも厳しい時期が続きます。

ただ、一度「人を呼べる状態」をつくることができれば、
もともと不動産価格が低いエリアで展開しているため、施設の開発費を大きく抑えることができます。
これが後から効いてくるんです。

その結果、収益率としては一般的なホテルよりも高くなる見通しが、すでに立っています。

今後、全国展開を進めていく中でしっかりと収益を上げ、
その利益の一部を地域への「再投資」に回していきたいと考えています。

例えば、資金不足で開催が難しくなっている地域のお祭りへの支援などですね。

自社への投資と、地域への投資。
この両方をバランスよく回していける「高収益モデル」を目指しています。

『ガイアの夜明け』の反響

テレビ東京の『ガイアの夜明け』で取材が入ったのは2年前ですよね。
「街を蘇らせる」といったテーマで、かなり反響があったのではないですか?

そうですね。放送から2年経った今でも、
「あの番組で見ましたよ」と言っていただけることが本当に多いです。

あの番組の影響力は、やはりすごいなと実感しています。

自治体などからも、「うちの地域でもやってほしい」といった問い合わせは増えたのではないですか?

最初にお問い合わせをいただくのは、自治体や青年会議所、商工会議所、
あとは地域の金融機関といったところが多いですね。

この2年ほどの間だけでも、全国のかなりの数の地域を実際に見て回りました!

その中で、「次にここでやりたい」と思っている場所は見えてきているんですか?

はい、あります。
まずは関西で、東大阪以外にもう1カ所、直営でやろうと動いています。

パッと行ける範囲で組織の管理もしやすい場所で、
次の「再現性」を試したいという狙いがあります。これはもう、確実にやります!

まずは大阪ですね!

それともう1つ、首都圏でも今まさに動いています。

神奈川県内のどこかで1拠点目を立ち上げられたらと考えていて、
今年だけでもすでに5〜6回ほど現地に足を運んでいます。

実際に、1日かけて街を歩き回りながら、可能性を探っているところです。

歩いて回るんですか!

1日中歩きます!

先月だったかな……台風が来ている日があって、
ものすごい風の中、丸1日歩き続けました(笑)

物件の選定や、その街をどう見るかというのは、まさにビジネスの心臓部ですよね。
これは矢野さんお一人でやられているんですか?

そうです、私一人で見ています。
街をどう見るかについては、少し特殊な視点を持っていると思います。

これからの目標:街を育てるホテルブランドへ

今後、クジラ株式会社および「SEKAI HOTEL」を、どのようにしていきたいとお考えですか?

中長期的には、現在の事業は「SEKAI HOTEL」に加えて、
「住宅のリノベーション」と、オフィスや店舗といった「商業施設のリノベーション」の3つがあります。

それぞれの事業でフォーマットが整ってきているので、現在は現場を社員に任せていく体制にシフトしています。
SEKAI HOTELについても、私は現場の定例会議には参加しておらず、別の役員と現場で運営を進めてもらっています。
その分、私は新しい地域の開拓に時間を使っている形ですね。

今後2〜3年のスパンでいうと、
このフォーマットをさらに磨き込みながら、組織と収益の両方を拡大していきたいと考えています。

一方で、SEKAI HOTELの展開については、今回の資金調達を踏まえて、まずは次の拠点を立ち上げ、改めて再現性を検証する。

そのうえで、もう一度資金調達を行い、
次のフェーズでは、毎年複数拠点を展開できるようなスピード感へと切り替えていきたいと考えています。

それが、当面の方向性ですね。

そうなんですね。
近しいことをやっている企業って、あまり思い浮かばないですね。

地域に密着した宿泊施設自体は、すでにかなりの数があるので、
決して安心していられる状況ではないと感じています。

また、「泊まる側の方から飽きられてしまうのではないか」という危機感も常に持っています。

だからこそ、できるだけ早く、しっかりと成果を出していきたいと考えています。

なるほど。ある種、シェアの取り合いという側面もありますよね。

「街ごとホテル」という形態で、同じエリアに同様のモデルが参入してくるというのは、現状そこまで多くはないと思っています。

ただ、その中でも「どこが一番目立っているか」という点については、ある程度意識しながら取り組んでいきたいですね。

第一想起って大事ですよね!

宿泊施設ができたことで観光客が増える、いわゆる「目的地になるホテル」は、この5年でかなり増えてきたと感じています。

ただ、ホテルができたことで街が育ち、その街の成長によって、またホテルも育っていく。

そうした相互関係の中で成長していくホテルは、本当にうちだけだと自負しています。

だからこそ、収益性と社会性の両輪で回していけるような、ホテルブランドにしていきたいと考えています。

本を読むのも引き続きだと思いますが、
当社のNext IPO Club(インキュベーションサロン)にも、ぜひ毎月ご参加いただければと思います(笑)

はい、極力参加します!

一応、極力東京に行こうっていうのは、基本インキュベーションサロンの予定に合わせて東京の予定を組んでいるんで(笑)

ありがとうございます!

今後のクジラ株式会社および「SEKAI HOTEL」の活躍を、ますますウォッチさせていただきます!
今日は、リノベーションで商店街を丸ごとホテルにするSEKAI HOTEL運営の、クジラ株式会社 代表の矢野さんにお越しいただきました。

矢野さん、今日はありがとうございました!

ありがとうございました!

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