CxO人材バンク

トップページ CxOインタビュー
【前編】~StockSun創業までの道のり~年収チャンネルの取締役登場!

【前編】~StockSun創業までの道のり~年収チャンネルの取締役登場!

本編は前編になります。
StockSun株式会社、取締役、株本 祐己さん。
創業までの経緯を詳しく伺っております。

CxOの履歴書チャンネル動画
プロフィール
企業名
StockSun株式会社
出演者
取締役

取締役

株本 祐己

StockSun株式会社
https://stock-sun.com/
経歴

1990年 ドイツ ハンブルク生まれ
2003年 桐朋中学入学
2009年 早稲田大学入学 
2011年 バリュークリエーションにインターン入社
2016年 ベイカレントに転職
2017年 独立 StockSun株式会社を設立
2018年 YouTube「年収チャンネル」開始
2022年 StockSun 代表取締役を辞任し取締役へ

インタビュー記事



オープニング

株式会社IR Robotics社長のキムです!
本日のゲストは、日本一社内競争の激しいWebコンサルティング会社 StockSun株式会社ファウンダー兼取締役の株本祐己さんでございます!

よろしくお願いいたします!

バリュークリエーション株式会社にいらっしゃった時に、実は出会っているんですよね!

識学の安藤社長の動画を年収チャンネルで撮られてて、去年久しぶりに僕からメッセージしたんです。
株本さんの芯食った質問やレスがすごくて。思わず株本さんに「ド直球に芯食ってますね」ってメッセージを送りました。

年収チャンネルありがとうございました!

※それがきっかけでキムも株本さんの年収チャンネルに出演させていただきました!

株本さんの近況

今回は、株本さんのキャリアに焦点を当て、今の状況がどのようにして作られたのかという点や、キャリアのターニングポイントを掘り下げてお聞きしていきます!

はい!よろしくお願いいたします!

YouTubeで株本さんのフルネームを検索したら、割とキャリアの話をしてるチャンネルが多いですね。

そうですね、5000本のYoutubeに出ているのですが、、、
自身では、毎日更新しているチャンネルを2つ運営していて、6年間続ければ1チャンネルで1800~2000本くらいになる計算です。
『内定チャンネル』と『年収チャンネル』でそれぞれ約4000本を達成しているので、さらに『令和の虎』など他のチャンネルも含めると、合計で5000本ほどになります。

YoutubeのDJみたいなイメージですね。「このチャンネルでは、こことここを組み合わせたら面白いよね!」みたいな。

特別なキャリアを歩んできたわけではないので、今日はYouTuberとして、「いかに当たり前の普通なことを、面白く話すか」という話術を磨いてきた点に焦点を当てたいと思います。
そのために5000本頑張ってきたので、その辺りを楽しみにしていただければと思います!笑

全体の流れとして、前半はStockSun社の設立までの経緯についてお話を伺い、その後はStockSun社が現在どのような活動をしているのかについてお聞きしたいと思います。
また、株本さんがYouTubeばかり撮っているように見えますが、実際にはどのような仕事をしているのか、そのあたりも詳しくお聞きできればと思います!

はい!よろしくお願いいたします!

これまでの経歴について

僕が大きなポイントだと思うのは、中高一貫の進学校から早稲田大学に進学して、バリュークリエーション社にインターンで入ったことですね。
バリュークリエーション社は当時スタートアップだったと思うんですけど、当時何人くらいのメンバーがいたんですか?

大学3年のインターンの段階で5人くらいでした。
新卒で入社するときには多分20人くらいだったんじゃないかなと思います。

そもそもインターンとの出会いは?

あれですよ!!!!
ベストベンチャー100ですよ!
ベストなベンチャーなんだからすごいに違いない!って応募したんですよ!笑
何をもってベストかわからないけど、人生変えてもらったロゴです!

※「ベストベンチャー100」は、キムが代表を務めていた株式会社幕末(現イシン株式会社)のサービス

ベストベンチャーきっかけで、バリュークリエーションと出会ったと!
嬉しいですね!

WEBマーケの仕事をやればやるほど、後から現実を知ってがっかりしましたが笑

なぜ新卒でバリュークリエーションに?

インターンを経験して、スタートアップのベンチャー環境に幻滅する人も多いと思うんです。
「こんなの100%無理じゃないか…」と思うような状況もあるかもしれません。
それでも、最終的にバリュークリエーションを選んだんですよね?

理由は色々あるんですけど、そのひとつが就活がうまくいかなかったことです。
いろんな企業を受けたものの、あまり内定をもらえなくて…
もちろん、自分の能力の問題もあるとは思いますが、
前提としてバリュークリエーションに行きたい気持ちが強かったので、正直、就活の準備や気合いがあまり入らなかったんです。

熱が入ってなかった?

そうなんですよ。
片手間で就活をして、それで受かるほど優秀ではなかったんだろうなとは思うんですが、本気で取り組めなかったせいで、バタバタと落ちてしまって…
「え?ヤバい、1つも内定出ないぞ…」って焦りましたね。

当時、就活しながら「フランチャイズの窓口」を立ち上げて、黒字化させていたんです。
立ち上げからメディア事業を黒字転換させた実績をアピールしながら就活してたので、周りの就活生と比べても実績だけは圧倒的だったんですよ。
でも、「じゃあ、なんでそこに就職しないの?」って聞かれたときに、納得感のある答えをうまく出せなかったんです。
そんな状態でドヤ顔しながら就活を続けていたら、結局全部落ちちゃいました笑

当時の社長、島袋さんにも「就活します」って伝えたとき、寂しそうな顔をされていたんですが、半年間就活して全滅してしまって…
さすがに「全部落ちたんで、やっぱり入社させてください」とは恥ずかしくて言えなかったんですよね。

そんなとき、大手企業の子会社から内定が出て、
島袋さんのところに行って「この内定を蹴るので、御社に入社させてください!」って伝えたのを今でも覚えています。

島袋さんは今もですけど、株本さんに対して本当に評価高いです。
当時からだったんですね!

そうですね。
当時の島袋さんも、おそらくネット広告で粗利を稼ぎつつ、サイバーエージェントの藤田さんみたいにメディアを当てていきたいフェーズだったんですよね。
ただ、僕が入社したときは、すでに2つくらいメディアを外していて、「意外とうまくいかないな…」という状況でした。

とはいえ、正社員を雇うのはリスクが高い。
だから、まずはインターンとして試しにやらせてみるくらいの感覚で、時給1,200円くらいの案件を任せてもらったんです。
それを当てて黒字化したわけですから、正直めちゃくちゃおいしいじゃないですか!

就活をする前にも「うちに来てくれ」という話になったんですが、僕は就活を始めてしまって…
多分、島袋さん的には寂しかったと思うんですよね。

僕としては、リクルートとか電通みたいな大手に行きたかったんですが、結局、微妙な子会社の内定しか出なくて…。
それを蹴って「バリュークリエーションに行きます」と伝えたら、島袋さんがめちゃくちゃ喜んでくれて、その場で握手したのを今でも覚えています。

そんな流れで、バリュークリエーションに入社しました。

島袋さんとは波長が合いますか?

合わせてもらってたとは思うんですけど、島袋さんを嫌いって人は聞いたことがないですね。
僕とは合わない人は結構多いんですけど、島袋さんは基本誰でも話が合いますね。
ついていきたいなと思った社長です。

その当時、学生たちと一緒に作った「フランチャイズの窓口」という、
フランチャイザーとフランチャイジーのマッチングサイトが、後に上場企業シェアリングテクノロジーに2億円超で売却されることに!!
これはもう株本さんのおかげですね!笑

僕のおかげとまでは言わないですけど、僕が辞めた後に売却されたんですよね。
だから、その話を聞いたとき、「あ、僕には1円も入らないんだな…」って思いました。
で、後日、島袋さんと会ったときに、思わず「その時計、いいっすね」って言って、貰った時計がオーデマ ピゲだったんです笑

島袋さん、さすがですね、そういうところ。

未だに「これは貸しただけ、まだ返してもらってないだけ」だと言ってますけども、そういう気持ちをいただけた、という形ですね!

バリュークリエーションでの業務

バリュークリエーション社で働いた期間は約5年ですよね。
振り返ってみてどうでしたか?

大変なことや辛いことは本当にたくさんありましたけど、振り返ると、心の底から「すごくいい経験ができたな」と思っています。
この後、ベイカレントコンサルティングに転職するんですよね。
それから今こうして独立して、それなりに食べていけるようになったのは、間違いなくバリュークリエーションのおかげだと感じています。

あの時のハードワークを5年間続けた結果、同世代と比較して余裕で差がつきましたよね!

そうですね。
僕はそれが特にハードだったとは思っていないですし、労働時間が非常に長かったわけでもないです。
どちらかというと、自由にやらせてもらっていて。ただ数字を上げないと詰められるような環境ではあったので自然と成長できた感じです!

転職した理由

ベイカレント社へは、なぜ転職しようと思ったんですか?

当時、上場もしておらず、特に有名ではなかったんですけど、エージェントとして活動していた大学の友人に「コンサルもいいんじゃない?」と言ったのがきっかけでした。
言われた通りにその会社に行ってみるかっていう流れで、何か特別な意味はなかったですね。

ただし、1つだけ意味を上げるとしたら、バリュークリエーションに5年くらい在籍していたことです。
ずっと中小企業をやってきて、大手企業の仕組みも見てみたいなと思いました。
でも、今さら大手企業に転職して第2新卒として働くのはちょっと嫌だなと。

バリュークリエーションではまあまあな役職になってたんですが、コンサルティングなら大手企業に横から入って、少し偉そうな顔ができるかなと思ったのが選んだ理由でした。
ちょっと邪な気持ちで選んだというのが正直なところです笑

ベイカレントを退職した理由

ベイカレントに在籍した1年はどうでしたか?

一番しんどかったですね。
労働時間は意外とホワイトでしたが、活躍できる未来が全く見えなかったんです。
出世出来る気がしなくて、希望がないんですよね…

それは興味深い...!!

色々な文化や適性の違いがあるので、全てが僕に合わなかったというのもあります。
一番感じたのは、バリュークリエーションでの文化との違いでした。
バリュークリエーションでは、資料を作らなければ作らないほどカッコイイとされてたんです。
役員だった野口さんは、「資料を作らないで売るのが一番イケてるよね」と言ってたんですよ。
でも、ベイカレントに行ったら、資料がカッコよく作れる人がカッコイイっていう文化がありました。

僕は資料を作れることがカッコイイ、という教育を受けていなかったので、、、
カッコよくなることや出世するためには、それをできるようにしなきゃいけないと思いますが、生理的に拒絶しちゃうところがあって。
だから、ベイカレントがダメというよりは、カルチャーが違いすぎて合わなかったという感じです。

これはしょうがないですよね?
このミスマッチって防ぎようがなくないですか?

防ぎようがないですね。
結果、これも会社をやる上でそういう価値観があることも学べたのが非常に大きな収穫だったなと。
バリュークリエーション時代の価値観だけで起業してたら、金融機関出身の人の気持ちが一切分からないと思うので、その辺は良かったなと思いますね。

後編では、ベイカレント社を退職して独立するところから伺います!

TwitterLineFacebook
インタビュー記事一覧へ