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オルツ社に7億円で売却した栗山さんのこれまでの人生とは!騒動の裏側も語る!

オルツ社に7億円で売却した栗山さんのこれまでの人生とは!騒動の裏側も語る!

「もし株式交換で契約していたら、資産は紙屑になっていた――」
20代で2度の会社売却を経験。順風満帆に見えたキャリアの裏で起きたのは、
売却先企業の「不正会計・粉飾決算」による上場廃止、そして社長の雲隠れ。実家に押しかけるメディア、大混乱のオフィス……。
今だからこそ語れる、M&Aの恐ろしさと「わさびの採用」で3度目の起業に挑む栗山さんの真髄に迫ります。

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プロフィール
企業名
わさびの採用
出演者
CEO

代表取締役

栗山 拓巳

わさびの採用
wasabinosaiyou.com
経歴

2018年2月 株式会社ひらく 創業
2020年1月 上智大学法学部 中退
2020年2月 株式会社ひらく 売却 退職
2020年2月 株式会社わさび 創業
2024年12月 同社を株式会社オルツに売却
2025年10月 株式会社わさび代表を退任
2025年12月 採用コンサルティングサービス「わさびの採用」をリリース

インタビュー記事



金との出会い

本日のゲストは、
採用コンサルティングサービス「わさびの採用」を展開されている、
栗山拓巳さんです!

よろしくお願いします!

よろしくお願いします!

栗山さんとは、ほんの1〜2ヶ月ほど前にご縁をいただきました。
YouTubeチャンネル『儲かり企業分析』を運営されている酒井社長からご紹介いただき、今回このような形でお会いさせていただいています。

私自身も『儲かり企業分析』での栗山さんの動画を拝見し、非常に興味深く感じておりました!

ありがとうございます!

創業前のお話から、これまでに2度の会社売却を経験され、
現在は3度目の起業に取り組まれているとのことですが、その間に大きなトピックスがあったかと思います。

色々ありました…

昨年、上場企業である株式会社オルツに売却された後、
同社が粉飾決算により市場最短で退場となるという、非常に稀有なご経験をされたと伺っています。

このあたりのお話については、『儲かり企業分析』の動画や『M&A BANKサロン』でも詳しく語られているかと思いますので、ぜひそちらもご覧いただければと思います。

本日は、そうした出来事も踏まえながら、当時栗山さんご自身がどのように考え、どのような意思決定をされていたのかについて、ぜひお伺いしていきたいと思います。

ありがとうございます!
よろしくお願いいたします。

まずは起業前のお話からお伺いできればと思います。
2014年に上智大学法学部にご入学されていますが、当時のキャリア志向としては、
弁護士を目指されていたのか、それとも将来的に経営者になりたいという思いをお持ちだったのか、そのあたりはいかがだったのでしょうか?

まったくなかったですね。
法学部に進んだのも、「潰しが利くから」という理由でした(笑)

大学についても、「なるべくいいところに行こう」くらいの感覚で、受かった中で一番良くて、かつ汎用性が高そうだった上智大学の法学部を選んだ、というのが正直なところです。
本当に何もない青年でしたね(笑)

当時は、これといった軸もまったくありませんでした。

株式会社ひらくを創業

2018年2月に、最初の会社である「株式会社ひらく」を創業されていますが、
起業に至るまでにはどのような出来事があり、どのように意思決定されていったのでしょうか?

大学3年生くらいまでは、本当にただ遊んでいただけで、特に何もしていませんでした。

就職の時期が近づいてきたときに、「さすがに何か頑張ったことがないと、就活で話せないのでは」と思いまして。
いわゆる“ガクチカ”がないとまずい、というかなり安直な発想でした。

そこで、「とりあえず海外インターンに行こう」「インターン経験があれば箔がつくのでは」という理由で、シンガポールに6ヶ月間のインターンに行きました。

ただ、最初の1週間で現地の社長と揉めてしまい、そのままクビになってしまって(笑)。
とはいえ、ビザも6ヶ月分ありますし、家も借りていたので、「とりあえずこのまま滞在しよう」と思い、現地で日本人コミュニティや友人を増やしていきました。

そうしていく中で、シンガポールで起業している方々とお会いする機会が増えていって。
あるとき、そうした起業家の方とランチに行った際に、自分の価値観を大きく揺さぶられる出来事がありました。

当時の僕は本当に何もなかったので、「将来は起業して、お金持ちになれたらいいな」くらいの、かなり漠然とした話をしたんです。

なるほど、将来起業したいという思いは漠然と持っていたんですね。

まさに漠然としたものでしたね。
「一度就職して経験を積んでから起業したい」といった、よくある一般的なキャリアパターンを話したところ、「じゃあ、なんで今やらないの?」とストレートに言われたんです。

その場では、「人脈がないから」とか「お金がないから」といった理由を並べていたのですが、家に帰ってからもずっとその言葉が引っかかっていて。シンガポールにいる間も、「なんで今やらないんだろう」「結局、自分で言い訳を作っているだけなんじゃないか」と考え続けるようになりました。

大学生であれば時間的なリスクもほとんどないですし、「確かにその通りだな」と腹落ちして。
帰国したタイミングで「ひらく」を立ち上げ、そのまま起業した、というのが最初のスタートでした。

ちなみに、株式会社ひらくでは、事業として学習塾を運営されていたと伺っていますが、その認識でよろしいでしょうか?

塾でのアルバイト経験があったので、「自分でも教えられるのではないか」と思ったのがきっかけです。

今振り返ると、そこも結構安直ですよね(笑)
学生起業で塾って、身近だからこそついやりがちな領域だと思います。

実際に店舗を構えて、そこからスタートしました。

結構思い切りましたね!

そうですね。いきなり店舗を作ったことは、周りからもかなり驚かれました。
オンラインではなく実店舗でスタートしたのですが、挑戦して失敗したと感じています。

良くも悪くもごくごく普通の学生生活を送られていた中で、シンガポールでの出来事を経て帰国し、実際に起業されていますよね。

そのとき、最後に背中を押した決定的な要因は何だったのでしょうか?

人間って、どうしても「今やらない理由」を作ってしまうと思うんです。

自分でもそれは分かっていたんですが、「ここでやらなかったら、この先もずっと言い訳し続けるんじゃないか」と、頭の中でずっと考えていて。

それが、最終的に一歩踏み出した理由でした。

ただ、ベンチャーにいたわけでもなく、周りにビジネスをしている人もいなかったので、実際に始めてからはかなり大変でしたね。

実際のところ、順調に進んでいたという感じではなかったのでしょうか?

もう全然うまくいかなかったですね。
店舗自体は黒字で回っていたのですが、自分の給料を取ると一気に赤字になるような、かなり厳しい状況でした。
自分が働けば働くほどマイナスになるような状態で、それが1〜2年ほど続いて、正直かなり大変でしたね。

塾という業態自体も競合が多くて、思うように伸ばせなかった、というのが実態でした。

当時、塾のコンセプトはどのようなものだったのでしょうか?

「先生と生徒をいかに効率的にマッチングするか」というシステムを、自分で作りました。
先生の特徴と生徒の特徴を掛け合わせるような仕組みだったのですが、今振り返ると、完全にプロダクトアウトの発想だったなと思っています。

「こういうものを作ればウケるのではないか」と考えて開発したのですが、実際には保護者の方はそこを見ていなかったんですよね。
「確実に点数が上がるのか」「合格実績があるのか」といった点の方が重要で、結果的にはまったく刺さりませんでした(笑)

そのシステムも、最初の2ヶ月ほどで使われなくなってしまいました。

とはいえ、ご自身でシステムを作れるというのは強みですよね。

当時は周りの方に協力してもらいながら作ったのですが、今振り返ると、行動力だけはあって良かったなと思います。

創業から24ヶ月ほどで事業を売却されたと伺っていますが、最終的には売却という形で一区切りを迎えられた、ということですよね?

1年目はまだ手応えも分からないじゃないですか。
ただ、2年目に入って「このまま大きく伸びなかったら厳しいな」と感じて、事業を閉めようと考えました。

とはいえ、閉めるとなると内装を原状回復する必要もあって、それなりにコストがかかるじゃないですか。
そのタイミングで初めて、「事業って売却できるんだ」ということを知りました。
そこからいろいろ調べていく中で、「バトンズ」さんや「サイトキャッチャー」さんのような、小規模なM&Aを扱っているサービスや企業があることを知りまして。

実際に相談してみたところ、結果的に600万円で売却することができました(笑)

お金が戻ってきて良かったですね!

最初に600万円ほど投資していたので、それが戻ってきたのは相当大きかったですね。
「良かったな、首の皮一枚つながったな」という感覚でした。

2社目を創業

この年表だけを拝見すると、1社目でかなりご苦労もあった中で、600万円が戻ってきて一息つかれた直後に、株式会社わさびを創業されていますよね。

改めて、また起業に挑戦しようと思われたのは、どのような背景や思いがあったのでしょうか?

結構、1社目で心は折れていたんです。
実は、ある会社さんから内定もいただいていて、一応新卒だったので就職活動もしていました。

ただ、「ここで終わってしまうのかな」という思いがどこかにあって。
志半ばで、うまくいかない状態のまま終わってしまうことに対して、「それでいいのかな」という感覚が残っていたんです。

それで、もう一度だけチャレンジしてみようと思いました。

ちなみに、事業売却と同時に上智大学法学部も中退されていますよね。
株式会社わさびを創業されたタイミングでは、すでに事業として何をやるかは決めていらっしゃったのでしょうか?

作った当初は、正直何も決めていませんでした。
ビジネスをやらないと生活もできないので、とにかくいろいろな人に会ってみたり、いただいた仕事に取り組んでみたりしながら、試行錯誤していました。

最初の1年くらいは、フラフラとしながら、1人で個人事業主のような形でやっていた、という感じですね。

サラリーマンとしてどこかに勤めるという選択肢は取らずに、株式会社わさびを立ち上げられた、というご判断だったのでしょうか?

そうですね。
あと3ヶ月ほどで卒業できたのですが、「もう自分を追い込もう」と思って。

退路を断つ、というわけではないですが、あえてそういう選択を取りました。

もともと休学もしていたので、仮に卒業できたとしても6年目という状況でしたし。

なるほど。かなり思い切った意思決定をされている印象があります。

その後、約4年10ヶ月で株式会社オルツへの売却に至られていますが、その間の立ち上がりのプロセスや、事業が順調に伸び始めたタイミングについて、ぜひ詳しくお伺いできますか?

最初は1人でやっていて、個人事業主として感じていたのが、「営業も自分でやらなければいけないし、デリバリーも自分でやらなければいけない」という大変さでした。そこを回していくのが、すごく難しくて。

「このままだと、にっちもさっちもいかないな」と感じたタイミングで、起業するなら優秀な人と一緒にやった方がいいと思い、小・中の同級生で東大に進学していた友人を誘いました。

それが、わさびの副社長を務めている岩佐です。

小中からのご友人なんですね!

はい。僕は全然ダメだったんですけど、彼は成人式でスピーチをするような、いわゆる地元のエリートでして。

その彼が仕事を辞めて、「これからの時代は起業だ」と言って入ってくれて。そこから一気に伸びていった、という感覚です。
彼は、頼まれたことやデリバリーをきちんとやり切る力がある、本当に能力の高い人間でした。
一方で、僕は営業はできるけどデリバリーが全然できないタイプだったので、そこがうまく補完される形になって、組織として回り始めました。

そこから会社も、どんどん成長していきました。

株式会社わさびの主な事業は、どのようなものだったのでしょうか?

最初は、ITコンサルティングからスタートしました。
中期経営計画をどうDXに落とし込んでいくか、といった上流の部分を支援していたのですが、途中から開発などの下流工程も手がけるようになりました。

売上としてはやはり下流の方が大きくなっていき、結果的にSESのような形での案件が増えていきました。
そこに伴って、主事業の軸も徐々にシフトしていった、という流れです。

受注やデリバリー、新規顧客の獲得といった一連の流れが、うまく回り始めたのはどのくらいのタイミングだったのでしょうか?

副社長が入って2人体制になってから、比較的大きな案件がポンと取れたんです。
ただ、「これが終わったら次がない、どうしよう」という状態になったときに、そのタイミングで僕が営業に動いて、次の案件を取ることができました。

その案件も大きくなりそうだったので、「じゃあ自分が営業と採用もやろう」と決めて、初めて友人以外の、まったく新しい3人目のメンバーを採用しました。

そこから4人目、5人目と雪だるま式に増えていって、最終的には70名規模の会社まで成長しました。

会社を売却

開発の受託だと、人員の拡大とともに業績も伸びていく構造があると思うのですが、そうした成長の中で、株式会社オルツからM&Aのお話があったのはどのタイミングだったのでしょうか?

2024年12月に売却したのですが、最初にお話をいただいたのは10月頃で、そこから約2ヶ月ほどで決まりました。

上場企業による買収でも、比較的コンパクトな案件であればあり得るのかもしれませんが、2〜3ヶ月というのはあまり聞いたことがないくらい早いですよね。

僕としては当時、「ベンチャーってこんなに意思決定が早いんだ」と実感していて、そのスピード感はすごくありがたいなと思っていました。

その2〜3ヶ月は、具体的にどのようなプロセスで進んでいったのでしょうか?

資料を揃えて提出し、最後にいくつか条件交渉がありました。
その中で、一部株式交換の提案があったんです。つまり、一部現金で一部株式、という形ですね。

ただ、もともと「100%現金で買い取ってもらう」という条件でお話をしていたので、「そこは当初の条件でお願いします」とお伝えして、最終的には100%現金での売却になりました。

結果的に、そこは本当に重要なポイントだったなと感じています。もし株式交換にしていたら、かなり大きなリスクを取ることになっていたと思いますし、今振り返ると危なかったなと(笑)

最終的に株式会社オルツに約7億円で売却されたと伺っていますが、その金額感はどのタイミングから具体的に見えてきたのでしょうか?

また、そもそものきっかけとしては、ご自身から売却に動かれたのか、それとも先方からお声がけがあったのか、そのあたりもお伺いできますか?

仲介の会社さんに入っていただいて、「会社を売りたい」と依頼しました。

もともと会社が売れるということ自体は知っていたのですが、実際にどのくらいの金額になるのかはあまりイメージできていなくて。知り合いのM&Aコンサルタントの方に相談したところ、「これくらいで売れるんじゃないですか」「そんなに利益が出ているんですね」と言われて、「え、そんな金額で売れるの?」と驚きました。

その時はいくらと聞いたんですか?

最初は4.5億円とか5億円くらいで聞いていて、「ええっ」と思って。
「じゃあ一度話を聞いてみよう」ということで進めてもらったところ、「7億円」と提示されて、正直かなり気持ちは揺らぎました(笑)。

ちょうど30歳という節目でもありましたし、会社としても上場企業のグループに入ることで、信用力のある環境になる方が、社員にとっても良いのではないかと感じたんです。

騒動の裏側

その後、不正会計や粉飾決算の問題が明らかになり、最終的には上場廃止という形になりました。

売却後についてですが、社長としては4ヶ月ほど在籍されていた、という理解でよろしいでしょうか?

そうですね。ちょうど4ヶ月ほどで粉飾が発覚しました。
そこからの記憶は、正直あまりないというか……本当に目まぐるしい時間でした。

従業員や取引先はもちろん、親からも連絡が来て、対応に追われる日々でした。

テレビ局が実家に来てしまったり、オフィスにも新聞社の記者の方がいらっしゃったりと、これまで経験したことのない状況が一気に押し寄せてきた、という感覚でした。

2024年12月にオルツ社に売却されて、翌年の春頃にそうした事象が発覚したということなので、本当に4ヶ月ほどで状況が大きく変わったのですね。
社長が雲隠れ…

その際の経営体制としては、当時どのような対応が取られていたのでしょうか?CFOの方が中心となって対応されていた、というような状況だったのでしょうか?

基本的には、CFOが中心となって対応されていた、という状況だったと思います。
とはいえ、自分たちで火をつけているわけですから。

オンラインでのご挨拶の際には、経営陣からの説明は特になかった、という認識でよろしいでしょうか?

もう本当に、何も説明はありませんでした。

正直、保身と言われても仕方ないような状況だったと思いますが、従業員として、あるいはグループ会社の一員としては、「今後どうなるのか」を、たとえ仮でもいいから共有してほしいじゃないですか。

実際に「今後どうなるんですか?」と聞いても、「もう答えられません」といった対応で、それ以上の情報は何も出てきませんでした。

そうなると、こちらとしては動きようがなくて、止まるしかないんですよね。
ただ、その一方で社員もいますし、お客様もいるので、何もしないわけにもいかないという状態でした。

うちは独立して回っているビジネスだったので、直接的な影響は限定的でしたが、オルツ側のお客様はかなり大変だったと思います。
「どうなっているんですか」という問い合わせが続いていたでしょうし、進んでいた商談も一気に止まってしまって。

社内でもチャットで「どうすればいいですか」といった声が上がっているのに、経営陣からは何も発信がないという状況で……本当に、これまでにない経験でしたね。

当時は、経営陣に対してかなり強い感情をお持ちだったのではないでしょうか?

これについては、本当に納得がいかなかったですね。

グループ会社として「3年で売上を伸ばせ」といった方針が示されていたのですが、現実的に考えると、その規模の成長を実現するにはM&Aのような手段も必要になってきますよね。

実際に「M&Aをする場合、どれくらいの予算を使っていいのか」といった相談をしても、明確な回答は得られず、方針としても曖昧なままでした。

今振り返ると、当時の状況的に潤沢な資金があったわけではなかったのだと思いますが、それでもこちらとしては真剣に「どうすれば成長できるか」を考えて動いていた中で、4月にあのような事態になったので……。
正直、「これまで言っていたことは何だったんだろう」という気持ちにはなりました。

当時の心境

年表で見ると、かなり短期間にいろいろな出来事が凝縮されていたと思うのですが、今振り返ってみて、どのように感じていらっしゃいますか?

今も続いている問題でもあるので、正直、気持ちの波はかなりあります。

周りからは「ラッキーだったね」とか「結果的に外れたならいいじゃん」と言われることもあるのですが、自分としてはそうは思えなくて。4年ほどかけて作ってきた会社を売却した先で、ああいったことが起きてしまったというのは、決してラッキーな出来事ではないと感じています。

実際に、いろいろな方にご迷惑もおかけしましたし、率直に言うと「何なんだよ」という気持ちが一番強いですね。

オールハッピーな形にはなっていないので、手放しで喜べる状況ではないですし、正直なところ、複雑な気持ちがありますよね。

粉飾などがなければ、業績をしっかり伸ばしてロックアップも外れ、買収した側にとっても、グループインした側にとっても、双方にとって良い形になっていたと思うんです。

ただ、実際には経営陣とはその後ほとんど話せていないので、なんとも言えない部分もありますが……。

起訴されていますもんね。

ただ、その発表があった当日の昼に、当時のCFOの方とランチをご一緒していたんです。

普段は「売上を100億にしろ」といった形で、かなりプレッシャーをかけられることが多かったのですが、その日はなぜかすごく爽やかで。「ワールドカップのフリーキックや最後のPKに比べたら、僕らの抱えているプレッシャーなんて大したことないよな」といった話をされていて。

「今日はずいぶん穏やかな話をされるな」と思いながら、「そうですね」といったやり取りをしていたんですが、その日の夜に、株式会社オルツが強制捜査を受けているという話が出てきて。

そのときに、「ああ、自分に言い聞かせていたんだな」と感じました。
僕に向けて話しているようで、実はご自身に言い聞かせていたのだろうなと。

あの出来事は、今でも忘れられないですね。

投稿の真相

すごい瞬間と、すごい場所にいましたね(笑)

なんというか、少し変わった巡り合わせというか、そういうタイミングに居合わせることが多いなとは感じていますね。

今回は株式会社FAVOの酒井社長からご紹介いただいたのですが、実はその前日に、X(旧Twitter)のおすすめでわさびのアイコンが表示されていて。

拝見してみると、「DMMの社長室の方とのやり取り」に関する投稿がかなり話題になっていて、何十万インプレッションも出ていましたよね。

翌日にお会いする予定もあったので、「もしかして栗山さんのことかな」と驚いたのですが、あの件はどういった経緯だったのでしょうか?

もともと、新しくビジネスを始める中で人を紹介してもらい、その方と知り合いました。

DMMの戦略室ということで、いわゆる亀山会長直下のプロジェクトを担う部署だと聞いていて、「そういったことをやっています」「亀山さんともお繋ぎできますよ」といったお話をされていたんです。

実際にお会いした際も、スケジュールを見せていただいて、「ここ空いてますね、じゃあここでお願いします」という形で、その日は終わりました。
その後、DMで「本日はありがとうございました。20日の件、確認お願いします」とお送りしたところ、「同い年で嬉しいです」といった形で、肝心の話には触れられない返信が来て、少し違和感があって。

さらに数日後に改めて「20日の予定いかがでしょうか?」とお聞きしたところ、「何か約束してましたっけ?」と言われてしまい、「これは忘れているのではなく、なかったことにしようとしているのではないか」と感じました。

そこで「もし難しければ大丈夫です。他のルートで進めます」とお伝えしたところ、「僕を挟む必要がないなら、もういいです」といった返答があり、そこで少し感情的になってしまって。
自分も起業家だとおっしゃっていた中で、「繋ぐことや前に進めることが役割なのでは」と感じていたので、つい「そうですか。サラリーマン向いてると思いますよ」と言ってしまいました。
そしたらすぐ電話が来ました。

電話が来たんですか?!

はい、電話がかかってきました。
出てみると、「なんですか、その捨て台詞は」といった形で、かなり強いトーンで話をされていて。

こちらも率直に、「起業家とおっしゃっていましたが、実際には何も進めていないように見えますし、その仕事にどういう意味があるんですか」とお伝えしたところ、完全にヒートアップしてしまって。
最終的には「今すぐ六本木に来い」といったような発言もあり、かなり緊迫したやり取りになりました。
その中で「録音していますよ」と伝えたところ、急にトーンが変わって謝罪の言葉が出てきたのですが、後から振り返ると、その場を収めるための対応にも見えてしまって。

その後、関係者の方を通じて「直接謝りたい」といった話もありましたが、やり取りの中で当初の発言自体を認めない姿勢も見られて、「これは本質的な解決にはならないな」と感じました。
こちらとしては、「発言を認めて謝っていただければそれでいい」というスタンスだったのですが、最終的に明確な対応がなかったため、Xで発信する形になりました。

結果としてかなり大きな反響になり、当日中に上層部の方から直接ご連絡をいただくような状況になりました。

結果的に、亀山会長に直接会われたんですね。

はい。当時は武蔵小山にいたのですが、「さすがに来ていただくのは恐縮なので、自分が六本木に伺います」とお伝えして、亀山さんと直接お話ししました。
結果的には、大事には至らず収束したのですが、今振り返ると、炎上という形になってしまったことについては申し訳なかったなという気持ちがあります。

自分自身も感情的になってしまった部分はありますし、一方的ではなかったとは思いつつも、「あの対応はさすがに難しかったな」という思いも正直残っています。

確かにね。でも、今は一件落着という認識で大丈夫ですね。

はい、大丈夫です。

新サービススタート

採用コンサルティングサービス「わさびの採用」というのを新しく始められているそうです。
これはどんなサービスですか?

現在は、成長している企業に対して採用そのものをご支援するサービスを展開しています。
いわゆる人材紹介ではなく、採用戦略や体制づくりといった部分から伴走する形です。
もともと株式会社わさびでは、採用にはかなり力を入れていて、事業を伸ばしながら、利益も出しつつ、組織もしっかり作っていくということをやっていました。
その中で、当時から「採用について教えてほしい」「見てほしい」といったご相談はいただいていたのですが、自社で手一杯だったこともあり、外部には提供していませんでした。

その後、自分が退任してから、いくつかの企業に採用顧問として関わらせていただいたところ、実際に成果も出て、感謝いただく機会が増えていきました。そこで、「これは自分の強みとして、きちんと事業化すべきだな」と考えるようになりました。

また、大学の同級生で博報堂に在籍していたメンバーにも参画してもらい、サービスとしてしっかり形にしようということで、2025年の年末にリリースしました。

うわあ、栗山さんスカウト力ありますね(笑)

そうですね(笑)

自分としては、絶対に満足してもらえるサービスだという確信があったので、その話を彼にもしました。

実際、採用に困っている会社はすごく多いですし、価値を出せる領域だと思っていたので、「これは間違いなく喜ばれる」と。

その上で、「せっかくなら人生で一度くらいチャレンジしてみたくない?」という話もしました。彼自身は大手企業にいましたが、だからこそ、そういう選択肢もあるんじゃないかと。

そうですよね。
本当はチャレンジしてみたいと思っていても、きっかけやタイミングがなくて踏み出せない、という方は多い印象があります。

そうなんです。
やっぱり一人で独立するとなると、どうしてもハードルは高いですし、勇気がいる決断ですよね。

彼も僕とほとんど同い年で、ちょうど30歳というタイミングだったので、「ここで一度チャレンジしてみよう」という形で踏み出した、という感じです。

「わさびの採用」は、技術系の採用が強いんですか?

もともとはIT系の企業が多かったのですが、今は建築や飲食といった、いわゆる労働集約型のビジネスを展開されている企業の採用支援に強みがあると感じています。

なるほど。いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれるような領域ですよね。
今まさにその領域は、人手不足の背景もあって大きく伸びていますよね。

上場企業で言うと、ROXXさんのように人材領域で伸びている会社もありますし、タイミーさんのように、短時間・単発で働く人材の流動性を高めるサービスも広がっていますよね。

そういった中で、建築や飲食といった現場系の仕事に関わる人材も、副業やスポットワークを含めて多様な働き方が増えてきている印象がありますし、まさにそのエッセンシャルワーカーの領域に強みをお持ちということですね。

そうですね。
逆に言うと、今は採用ができた会社がそのまま成長していく時代になっていると感じています。

これまでのように営業力だけで伸ばすというよりも、「いかに人を採用し、組織を作れるか」が成長のボトルネックになっているケースが多いんですよね。

その中で、僕たちは採用という部分からご支援させていただいている、という形です。

なるほど。
「わさびの採用」を、より拡販・拡張していくというイメージですか?

スケールさせるというよりも、クオリティを維持することを重視しています。

誰にでも提供するのではなく、自分たちの強みがしっかり発揮できて、本当に満足していただける企業に向けてご支援する、というのがコンセプトです。

売上を追いすぎてしまうと、どうしてもクオリティを維持できない局面にぶつかってしまうので、そこはあえて広げすぎないようにしています。

「わさびの採用」をリリースされてまだ数ヶ月かと思いますが、今後どのような形で事業を展開していきたいとお考えでしょうか?

最後に、目指している姿や、これから挑戦していきたいことについてお聞かせいただけますか?

「わさびの採用」について言うと、採用支援やコンサルティングの領域で第一想起を取れる存在になりたいと思っています。

イメージとしては、アドトラックが街を走っていて、「わさびの採用」の名前や音が自然と頭に入ってくるような(笑)
それくらい、「採用といえばわさびの採用」と思っていただける状態まで持っていきたい、というのが一つの目標です。

一方で、今は受託型のサービスが中心ではあるのですが、将来的には自社としてのブランドサービスも展開していきたいと考えています。

現時点ではまだ具体的なアイデアがあるわけではないのですが、自分たちの強みを活かして、よりスケーラブルな形でも価値提供できる領域にはチャレンジしていきたいと思っています。

自社のブランドを軸にしながら、特定の業種や業界に縛られずに展開していきたい、というイメージでしょうか?

そうですね。
あとは、人生をかけて取り組めるような事業を、一つしっかり作りたいと思っています。

なるほど。
…今日めっちゃ濃密ですね(笑)

ありがとうございます。
そんなふうに言っていただけて嬉しいです(笑)

次の第2章が始まったということで、今後のご活躍も楽しみにしております。

本日は、採用コンサルティングサービス「わさびの採用」を展開されている栗山拓巳さんにお越しいただきました。
栗山さん、本日はありがとうございました!

ありがとうございました!

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